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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)241号 判決

原告

株式会社ミヤナガ

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

【D】

【E】

【F】

被告

日東工器株式会社

代表者代表取締役

【G】

訴訟代理人弁護士

鈴木修

矢部耕三

辻河哲爾

同弁理士

【H】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1請求

特許庁が平成10年審判第35540号事件について平成11年6月4日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「環状カッタ」とする特許第2558054号(平成5年6月30日特許出願、平成8年9月5日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」又は「本件請求項1に係る発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成10年11月5日、本件特許を無効とすることについて審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成10年審判第35540号事件として審理した結果、平成11年6月4日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同月30日原告に送達された。

なお、本件特許について、平成9年5月2日異議申立てがあり、その手続において、被告は、平成9年10月21日、訂正請求(以下「本件訂正」という。)をし、特許庁は、平成10年4月20日送達の異議決定において、本件訂正を認める、異議申立ては理由がない旨の判断をした。

2  本件発明の要旨

(1)  本件訂正前の本件発明の要旨

穿孔装置に装着されるアーバーにカッタ挿入時にはアーバー側の内側に半突出状態となっておりスリーブを操作することによって没入可能に設けられている施錠部材によって前記アーバーに着脱自在に取付けられる環状カッタであって、前記環状カッタはアーバーへの挿入部を有し、該挿入部の外表面には、アーバー側の内側に半突出して設けられた前記施錠部材の通過を許容する施錠部材通過凹部と、該施錠部材と係止する係合凹部とが連接して形成されてなることを特徴とする環状カッタ。

(2)  本件訂正後の本件発明の要旨

穿孔装置に装着されるアーバーの自由端面に開口し当該アーバーの軸線方向に延びる挿入孔に挿入され保持される挿入部を有する環状カッタであって、前記アーバーは前記挿入孔の周壁をその半径方向で貫通する収納孔と、該収納孔内に半径方向で変位可能に収納された施錠部材と、前記周壁上に第1の位置と第2の位置との間で移動可能に取り付けられた操作スリーブであって、第1の位置にあるときに前記収納孔に整合する第1制御面と、第2の位置にあるときに前記収納孔に整合する前記第1制御面よりも半径方向内側にある第2制御面とが設けられている内周面を有する操作スリーブと、操作スリーブを第2の位置に向けて付勢するスプリングと、当該カッタの前記挿入部が前記挿入孔内に非挿入状態のときには、前記操作スリーブの第1制御面によって挿入孔内に押圧される前記施錠部材と係合して、同施錠部材を同挿入孔内に半突入状態に保持する支承部材とを有し、

これに対し、前記挿入部はその先端部に、当該挿入部が前記挿入孔内に挿入されるときに、前記半突入状態とされている施錠部材を通過できる施錠部材通過凹部と、前記支承部材と当接して該支承部材による前記施錠部材の保持を解除する支承部材当接部と、前記施錠部材通過凹部に連接されており、当該挿入部が所定深さだけ前記挿入孔内に挿入されたときに、前記施錠部材と整合して、該施錠部材が半径方向内側に変位されるのを許容して、前記スプリングによって付勢されている操作スリーブが前記第2の位置に動かされるのを許容し、それにより第2制御面によって半径方向内側に変位された施錠部材と係止する係合凹部とを有していることを特徴とする環状カッタ。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙1審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、

(1)  請求人(原告)の主張する無効理由1(本件訂正は特許法120条の4第3項において準用する同法126条2項の規定に違反してされている。)につき、操作スリーブ及びスプリングに係る本件訂正は、願書に添付した明細書及び図面に記載した事項の範囲内においてされたものであり、理由がなく、

(2)  同理由2(本件発明は、甲第6号証(特開昭60-123239号公報。審判甲第1号証)に記載された発明と同一の発明、又は上記甲第6号証、審判甲第2号証(実願平2-39944号(実開平4-5911号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム)、審判甲第3号証(実公昭39-3491号公報)及び甲第7号証(実公昭61-42754号公報。審判甲第4号証)、に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その登録は、特許法29条1項又は同条2項の規定に違反してされたものである。)はいずれも理由がなく、

(3)  同理由3(本件発明が、同日に出願された特許第2558053号に係る特許発明と同一の発明であるから、特許法39条2項の規定に違反してされたものである。)も理由がない(特許第2558053号は既に特許を取り消されており、無効理由は解消されている。)旨判断した。

第3審決の取消事由

1  審決の認否

(1)  審決の理由【1】(手続きの経緯)、同【2】(請求人(原告)が主張する無効理由)は認める。

(2)  同【3】(1)(理由1についての検討)のうち、審決書3頁19行ないし6頁13行は認め、その余は争う。

同【3】(2)(理由2についての検討)のうち、審決書12頁3行ないし6行(ただし、審判甲第3号証刊行物については認める。)及び12頁末行ないし13頁4行は争い、その余は認める。

同【3】(3)(理由3についての検討)は認める。

(3)  同【4】(むすび)は争う。

2  取消事由

審決は、本件訂正の可否についての判断を誤り(取消事由1)、また、本件発明の進歩性についての判断を誤ったものであるから(取消事由2)、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(本件訂正の可否についての判断の誤り)

審決は、「操作スリーブ及びスプリングに係る点についての訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてなされたものである。」(審決書7頁末行ないし8頁3行)と判断するが、誤りである。

本件訂正(甲第3号証)により特許請求の範囲に追加された「移動可能に取り付けられた操作スリーブ」は、本件訂正前の明細書又は図面に記載された事項から直接的かつ一義的に導き出せる事項ではなく、実質上特許請求の範囲を拡張又は変更させるものである。

ア 本件訂正前の発明の要旨にいう「スリーブを操作する」とは、「スリーブを回転させる」ことを意味する。

(ア) 本件訂正前の明細書【請求項1】には、「スリーブを操作することによって」と記載され、発明の詳細な説明【0011】にも、「スリーブを操作することによって」と記載されている。

(イ) そして、環状カッタの作用が、発明の詳細な説明【0012】と【0013】に記載されているが、特に【0013】には、「スリーブ4を回転させると、」との記載がある。【0013】は、課題解決手段たる環状カッタの作用を記載しているのであって、本件発明の一実施例に係る環状カッタの作用を記載しているものではない。

(ウ) 本件訂正前の明細書(甲第2号証)の実施例を見ると、発明の詳細な説明【0022】には、「スリーブ4を図3に示す状態に回転させると、」との記載がある。

(エ) 本件訂正前の明細書(甲第2号証)には、従来の環状カッタに関する記載があるが、特に発明の詳細な説明【0007】には、「押出操作用スリーブ54をスプリング55の付勢力に抗して図中右方に移動させておき、」、「押出操作用スリーブ54はスプリング55の付勢力で図中左方に移動し、」との記載がある。

これらの記載及び図8、図9(別紙2参照)から理解されるように、本件訂正前の明細書では、「移動」との語を軸長手方向への変位を意味するものとして使用している。

(オ) 以上の点を総合すれば、本件訂正前の発明の要旨にいう「スリーブを操作する」とは、「スリーブを回転させる」ことを意味するものである。

イ これに対し、本件訂正後の発明の要旨にいう「移動可能に取り付けられた操作スリーブで」とは、周方向への回転可能とする構成だけでなく、軸長手方向へ移動可能とする構成も含む上位概念として規定されている。

(2)  取消理由2(本件発明の進歩性についての判断の誤り)

審決は、甲第7号証(審判甲第4号証)には相違点につき本件発明の構成のようにすることを示唆する記載はないから、当業者が容易に発明をすることができたものではない旨(審決書12頁3行ないし6行及び12頁末行ないし13頁4行)判断するが、誤りである。審決認定の相違点(審決書10頁11行ないし11頁4行)は、すべて甲第7号証に記載されている。

ア 甲第7号証の発明の押出し部材17(支承部材。かっこ内の記載は、本件発明における対応する部材を示す。以下、同じ。)は、挿入軸部24(挿入部)が取付孔3(挿入孔)内に非挿入状態のときには、可動スリーブ11(操作スリーブ)の斜状部16のうちの退避部15に近い部分(第1制御面)によって取付孔3(挿入孔)内に押圧される球10(施錠部材)と係合して、球10(施錠部材)を取付孔3(挿入孔)内に半突入状態に保持する。

イ 挿入軸部24(挿入部)は、先端部分が縮径にされているので、球10(施錠部材)が取付孔3(挿入孔)内に半突入状態に保持された状態であっても、取付孔3(挿入孔)への挿入が阻止されることはない。

被告は、甲第7号証の図からは挿入部の先端が「縮径」となっているかは明確ではなく、そもそも「縮径」であろうと半突入状態の球10を通過する程度の縮径でなければ球10に当たってしまうはずである旨主張する。しかし、甲第7号証の第1図や第4図(別紙3参照)から、挿入軸部24の先端部分と押出し部材17の前端部分とが同一直径であることが明らかなのであるから、挿入軸部24の先端部分は球10を通過するはずである。

これに対し、縮径されておらず基端部分と同径のものは、取付孔3(挿入孔)内に半突入状態に保持された球10(施錠部材)によって、取付孔3(挿入孔)への挿入を阻止される。

よって、挿入軸部24の先端部分は、本件発明の施錠部材通過凹部と同一機能を奏する。そして、抜け止め溝27(係合凹部)がこの挿入軸部24の縮径にされた先端部分と連設されていることは、第1図、第4図からも明らかである。

ウ そして、挿入軸部24(挿入部)が取付孔3(挿入孔)に挿入されていない非挿入状態において、可動スリーブ11(操作スリーブ)に対して何らの操作を加えることなく、挿入軸部24(挿入部)を取付孔3(挿入孔)に挿入して行けば、押出し部材17(支承部材)は挿入軸部24(挿入部)に押圧されて後退(図中左方に移動)する。そうすると、球10(施錠部材)は、外方へも内方へも移動することなく、押出し部材17(支承部材)の切欠き21部に当接した状態から、挿入軸部24(挿入部)の縮径にされた先端部分に当接する状態となる。そして、挿入軸部24(挿入部)をさらに挿入すれば、球10(施錠部材)が抜け止め溝27(係合凹部)にはまり込むともに、コイルスプリング13(スプリング)の付勢力によって可動スリーブ11(操作スリーブ)が後退(図中左方に移動)し、球10は押出し部材17(支承部材)の傾斜部16のうちの退避部15から遠い部分(第2制御面)によって押圧された状態(第1図のような状態)となり、替え軸23はスピンドル1から抜き出し不能の状態となる。

エ 被告は、甲第7号証の発明では、球10は取付孔3から完全に後退可能とされており、挿入軸部24の先端部が取付孔3と同径の替え軸も装着できる旨主張する。

しかし、可動スリーブ11を前方にスライドさせない状態では、実質的には取付孔3と同径の替え軸を取付孔3に装着することはできない。すなわち、可動スリーブ11を前方にスライドさせない状態においては、球10が取付孔3に半突入状態にされている。ここに取付孔3と同径の替え軸を挿入すると、替え軸によって球10が外方に押しつけられる。球10を取付孔3から完全に後退させるには、球10の圧力によって可動スリーブ11を前方にスライドさせなければならないが、可動スリーブ11を後方に付勢しているコイルスプリング13の押圧力の数倍の力で球10を外方に押しつけなければならないため、現実にはそのようなことはできない。よって、取付孔3と同径の替え軸の装着は、十分に妨げられるのである。

第4審決の取消事由に対する認否及び反論

1  認否

原告主張の審決の取消事由は争う。

2  反論

(1)  取消事由1(本件訂正の可否についての判断の誤り)に対して

本件訂正は、本件訂正前の明細書における請求項1を減縮し、環状カッタが挿入されるアーバーの構成を規定することにより、当該環状カッタの構成の技術的意味を明確にするものであり、操作スリーブの移動方向を含め、明細書の記載の範囲内においてされたものである。

ア(ア) 本件訂正前の明細書の請求項1の記載は、スリーブについては、「スリーブを操作することによって」と記載されており、スリーブがどの方向に可動であるかの限定はない。

そして、本件訂正前の明細書の発明の詳細な説明【0011】〔課題を解決するための手段〕にも、単に「スリーブを操作することによって」としか記載されていない。

(イ) 発明の詳細な説明【0017】に、「スリーブ4の内周面には施錠部材7を収容する第1制御面4bと施錠部材7を求心方向に押し出す作用をする第2制御面4eが形成されている。」との記載があるが、この記載は、単にスリーブ4の構造を述べたのではなく、スリーブ4が有すべき機能を明確にした記載である。すなわち、スリーブはその内周面に形成された第1制御面により施錠部材を収容し、また、第2制御面により、施錠部材を挿入孔の中心に向かって押し出すという機能を有すべきことを明記しているのである。

(ウ) これらの本件訂正前の明細書の記載の意味は、当業者にとって明白であり、本件発明のスリーブは、上記機能を有するものであれば、第1制御面から第2制御面へ移る際のスリーブの動く方向が、軸を中心として周方向であるか、軸方向であるかを問わない。

(エ) 原告は、本件訂正前の明細書の発明の詳細な説明【0013】に記載された「スリーブ4を回転させると」との記載は、請求項1に記載の環状カッタの作用を記載したものである旨主張するが、上記記載中に「スリーブ4」と番号が付されていることや、段落のタイトルとして「環状カッタ6の取り外し作動」と記載されていることから、これが実施例として示されたアーバー1から環状カッタ6を取り外す動作を説明したものであることは明らかであり、原告の上記主張は理由がない。

イ 本件訂正は、上記【0017】の「スリーブ4の内周面には施錠部材7を収容する第1制御面4bと施錠部材7を求心方向に押出す作用をする第2制御面4eが形成されている。」との記載に基づき、本件訂正前の明細書の構成を具体化し限定したものであるが、操作スリーブがどの方向に動くかについては、何ら変更していない。

(2)  取消理由2(本件発明の進歩性についての判断の誤り)に対して

甲第7号証の発明は、訂正後の請求項1の発明とは全く異なる発明であり、甲第7号証に基づいて相違点の構成を容易に想到し得ないとした審決の判断は、正当である。

ア 本件発明における「当該カッタの前記挿入部が前記挿入孔内に非挿入状態のときには、・・・同施錠部材を同挿入孔内に半突入状態に保持する支承部材」との要件は、不適合な環状カッタが誤って穿孔装置に装着されることを防止する技術課題を達成するために採用されたものである。

これに対し、甲第7号証の発明の球10は、押出し部材17が飛び出すのを押さえるために、押出し部材17と係合した結果、取付孔3にわずかに突出した状態となっているにすぎないものである(甲第7号証6欄14行ないし21行)。

しかも、この球10は取付孔3から完全に後退可能とされており、挿入軸部24の先端部が取付孔3と同径の替え軸も装着できるものである。

イ 本件発明における「前記挿入部はその先端部に、当該挿入部が前記挿入孔内に挿入されるときに、前記半突入状態とされている施錠部材を通過できる施錠部材通過凹部と、・・・前記施錠部材通過凹部に連接されており、・・・施錠部材と係止する係合凹部」との構成は、スリーブを操作することなくカッタを装着することができるという技術課題を達成するために採用されたものである。もちろん、この構成は、前記支承部材の構成と相俟って、不適合な環状カッタが誤って穿孔装置に装着されることを防止するという技術課題をも達成するものである。

これに対し、甲第7号証の発明においては、替え軸の挿入時にはスリーブを前方に移動させること、及び球10が取付孔3から完全に後退可能であることが明記されている以上、甲第7号証の挿入軸部24の先端部が、本件発明の施錠部材通過凹部に該当するはずはなく、したがって、甲第7号証には、本件発明の施錠部材通過凹部に連接された施錠部材と係止する係合凹部の開示も示唆もないことは明らかである。

ウ 原告は、甲第7号証の発明では、挿入軸部24の先端部が縮径されているから、球10が半突入状態に保持された状態で、取付孔への挿入が阻止されることはない旨主張する

しかしながら、甲第7号証には、替え軸の挿入時にはまずスリーブを引くと記載されているから、球10が取付孔3にわずかに突出した状態で挿入軸部を挿入するとの技術思想の開示が存在しない。

また、甲第7号証には、挿入軸部の先端が「縮径」となっている旨の記載は一切なく、甲第7号証の図面からは挿入部の先端が「縮径」となっているかは明確でない。

さらに、縮径が認められるとしても、半突入状態の球10を通過する程度の縮径でなければ球10に当たってしまうはずである。したがって、「縮径」即「挿入可能」とすることには、論理の飛躍がある。

理由

1  本件訂正前の明細書の記載

(1)  甲第2号証によれば、本件訂正前の明細書には、次の記載があることが認められる(一部は当事者間に争いがない。)。

【請求項1】 穿孔装置に装着されるアーバーにカッタ挿入時にはアーバー側の内側に半突出状態となっておりスリーブを操作することによって没入可能に設けられている施錠部材によって前記アーバーに着脱自在に取付けられる環状カッタであって、前記環状カッタはアーバーへの挿入部を有し、該挿入部の外表面には、アーバー側の内側に半突出して設けられた前記施錠部材の通過を許容する施錠部材通過凹部と、該施錠部材と係止する係合凹部とが連接して形成されてなることを特徴とする環状カッタ。

【発明の詳細な説明】

【0001】【産業上の利用分野】 本発明は、鋼板等の硬質材料等に比較的深い孔を穿孔する作業に使用する穿孔装置(を)装着する環状カッタに関し、さらに詳細には、該穿孔装置に簡単に着脱できるとともに穿孔装置に不適格な環状カッタを誤って装着してしまうという不都合を解消できる環状カッタに関するものである。

【従来の技術】の項

【0007】 上記装置(従来の環状カッタ着脱装置)において環状カッタ56を回転伝達体52に取り付けるには、押出操作用スリーブ54をスプリング55の付勢力に抗して図(図8、図9)中右方に移動させておき、環状カッタ56の挿入部56aを回転伝達体52の下端開口部内に挿入し、回転伝達用係合子52bと前記突起部56bとを係合させる。この時、押出操作用スリーブ54の押出部は取付用ボール57と対向する位置からずれるため、同ボール57は外側に向かって移動できるようになり、環状カッタの挿入部56aの挿入動作には何ら影響を与えない。環状カッタが回転伝達体に完全に取り付けられた状態で、押出操作用スリーブ54を離すと、押出操作用スリーブ54はスプリング55の付勢力で図中左方に移動し、取付用ボール57を挿入部56aの環状溝56c内に押し込む。こうして環状カッタ56は回転伝達体52に一体的に且つ着脱自在に取着される。

【0008】 【発明が解決しようとする課題】上記(従来の)環状カッタ着脱装置では、穿孔作業の際に硬質材料に穿孔する孔の直径に合わせて環状カッタを交換したり、被穿孔材料の質に合った適当な刃先をもった環状カッタに交換して作業を行う必要がある。しかし、上記装置では、回転伝達体52の下端開口部と環状カッタの挿入部の外径および挿入用環状溝の位置が合えばどのような環状カッタでも取り付けることができる構造となっているため、時として、穿孔装置の駆動能力や被穿孔材料に適合しない環状カッタを取り付けてしまう場合がある。・・・

【0010】 そこで本発明は、種々ある環状カッタの中から、穿孔装置に適合した環状カッタだけを選別して穿孔装置に取り付けることができ、また環状カッタの着脱作業も楽な新規な環状カッタを提案し上記諸問題を解決せんとするものである。

【0011】 【課題を解決するための手段】このため本発明は、穿孔装置に装着されるアーバーにカッタ挿入時にはアーバー側の内側に半突出状態となっておりスリーブを操作することによって没入可能に設けられている施錠部材によって前記アーバーに着脱自在に取付けられる環状カッタであって、前記環状カッタはアーバーへの挿入部を有し、該挿入部の外表面には、アーバー側の内側に半突出して設けられた前記施錠部材の通過を許容する施錠部材通過凹部と、該施錠部材と係止する係合凹部とが連接して形成されてなることを特徴とする環状カッタであり、これを課題解決の手段とするものである。

【0012】 【作用】〔環状カッタ6の取付け作動〕環状カッタ6を取り付けるにあたって、施錠部材7の一部7bが孔1a内側に突出した状態となっている。施錠部材7の通過を許容する施錠部材通過部を有している環状カッタを、孔1a内に挿入する。環状カッタ6の挿入部9が支承部材2を押し込みながら、孔1a内に嵌合されると、施錠部材7が連接して形成した係合部9b内に落ち込む。すると、スリーブ4は復帰スプリング5の付勢力によって図5に示す位置にまで戻り、施錠部材7を第2制御面4eによって係合部9bにしっかり係止する。

【0013】 〔環状カッタ6の取り外し作動〕環状カッタ6が取り付けられた状態から、スリーブ4を回転させると、施錠部材7に対するスリーブ4の押さえが無くなるため、施錠部材7はスリーブ4の第1制御面4b内に逃げ込みができる状態となる。この結果、環状カッタ6を下方に引き抜くと、環状カッタ6の施錠部材通過部9aは施錠部材7を第1制御面4b内に押し込みながら孔1a内から引き抜かれるため、環状カッタ6を簡単にアーバー1の孔1aから取り外すことができる。

【実施例】の項

【0016】 アーバー1下端側には、環状カッタ取付用施錠部材(本実施例ではボールであり、以下施錠部材という)7の収容孔7aが孔1aの中心方向に向かって穿設されており、この収容孔7a内には施錠部材7が配置されている。該収容孔7aは孔1aの円周方向に複数孔設されている。一方、この施錠部材7に対応して、孔1a内には、前記施錠部材7が孔1a内側に突出した時の支承部材2が配置されている。この支承部材2は施錠部材7を半突出させた状態で受けるための凹部2aを有しており、前記係止リング10との間に配置されたスプリング3によって下方に付勢されている。そして、この支承部材2は、環状カッタの挿入部がアーバー1の孔1a内に進入してくると、環状カッタの挿入部によって前記スプリング3の付勢力に抗して図1に示す状態から上方に押され、環状カッタ挿入時の邪魔に成らない構成となっている。

【0017】 前記施錠部材7が配置されているアーバー1の下端外周面には外径が小さくなった段部1bが形成されており、この段部には環状カッタ係止用のスリーブ4が嵌合される。スリーブ4は図2に示すようなリング形状をしており、その一面側全周には復帰スプリング5を収納する凹部4aが形成されている。またスリーブ4の内周面には施錠部材7を収容する第1制御面4bと施錠部材7を求心方向に押し出す作用をする第2制御面4eが形成されている。この第1制御面4bは、施錠部材7を第1制御面4b内に収容する機能をもっている。前記第1制御面4bの深さ4cは、図3に示すように、前記第1制御面4b内に施錠部材7を収容した状態でも、施錠部材7の一部7bが孔1a内側に突出するような深さに形成してある。

【0018】 スリーブ4の前記凹部4aには図4に示す如く略C形をした復帰スプリング5が収納されており、その復帰スプリング5の一端はアーバー側に固定され、他端はスリーブ4側に固定されている。図(図1)中5aは側板であり、5bは側板5aをアーバーに取付けるための係止リングである。そして、スリーブ4はアーバー1の段部1bに嵌合された状態で復帰スプリング5によって常時は図3中A矢印方向に(施錠部材7をアーバーの孔1a内に押し出す状態)に付勢維持されている。このため、図3に示す状態の時(即ち、環状カッタをアーバーに取り付けていない状態の時)には、前記図3中A矢印方向に付勢されているスリーブ4の第1制御面部4bから施錠部材7は孔1a内に押し出されようとしているが、施錠部材7は孔1a内に配置された前記支承部材2によって施錠部材7の一部7bが孔1a内に半突出した状態となっている。この結果、この施錠部材7の通過を許容する施錠部材通過部を有している環状カッタ以外は、この環状カッタ着脱装置に装着することが出来ず、これにより、環状カッタの誤装着を防止することができる。以上のように上記スリーブ4および施錠部材7等により、環状カッタをアーバーに結合する施錠機構が構成されている。

【0020】 上記構成からなる環状カッタ着脱装置の作動を説明する。

〔環状カッタ6の取り付け作動〕環状カッタ6を取り付けるにあたって、施錠部材7の一部7bが孔1a内側に突出した状態となっている。そこで、施錠部材7の通過を許容する施錠部材通過部9aを有している環状カッタを、孔1a内に挿入する。環状カッタ6の挿入部9が支承部材2を押し込みながら、孔1a内に嵌合されると、施錠部材7が連接して形成した係合部9b内に落ち込む。すると、スリーブ4は復帰スプリング5の付勢力によって図5に示す位置にまで戻り、施錠部材7を第2制御面4eによって係合部9bにしっかり係止する。こうして環状カッタ6は、アーバー1内のガタツキが無い状態で図7に示す如くアーバー1に取り付けられる。

【0024】 【発明の効果】以上詳細に述べた如く本発明によれば、常に穿孔装置の駆動能力や被穿孔材料に適合した環状カッタを、多くの環状カッタの中から選択することができ、不適当な環状カッタを穿孔装置に誤装着することによる不具合を防止することができる。この結果、穿孔装置側の駆動機構が損傷したり、環状カッタの刃先が破損すること等の不具合を確実に防止することができる。等々のすぐれた効果を奏するものである。

(2)  上記本件訂正前の明細書の記載によれば、本件訂正前の発明は、穿孔装置に簡単に着脱できるとともに、穿孔装置に不適格な環状カッタを誤って装着してしまうという不都合を解消できる環状カッタに関するものであることが認められ、アーバーや施錠部材は、環状カッタ自体の構造ではないが、環状カッタの施錠部材通過凹部や施錠部材と係止する係合凹部に影響する要素として規定されていることが認められる。

2  取消理由1(本件訂正の可否についての判断の誤り)について

(1)ア  前記1に認定した本件訂正前の明細書の記載によれば、本件訂正前の発明における施錠部材は、挿入時にはアーバーの内側に半突出状態であり、スリーブを「操作」することによって没入可能に設けられていることが認められ、本件訂正前の発明の要旨にいう「スリーブを操作する」が「スリーブを回転させる」ことを意味すると限定して解釈すべき理由はない。

イ  原告は、本件訂正前の明細書の【請求項1】や発明の詳細な説明【0011】に記載の「スリーブを操作する」とは、具体的には「スリーブを回転させる」ことを意味するものである旨主張する。

(ア) 確かに、発明の詳細な説明【0013】には、前記のとおり、「スリーブ4を回転させると、」と記載されているものであるが、この記載は、各部材に番号が付されて説明されている点等を考慮すると、実施例に基づく説明を行っているものと認められ、上記「回転」を含む発明の詳細な説明【0013】の記載から、スリーブの操作の形態が「回転」に限定されていると認めることはできない。

(イ) 発明の詳細な説明【0022】に、「スリーブ4を図3に示す状態に回転させると、」との記載がある点も、原告が自認するとおり、実施例についての記載であるから、その中に「スリーブ4を・・・回転させると、」との記載があることから、スリーブの操作の形態が「回転」に限定されていると認めることはできない。

(ウ) 原告は、発明の詳細な説明【0007】等及び図8、図9(別紙2参照)から理解されるように、本件訂正前の明細書では、「移動」との語を軸長手方向への変位を意味するものとして使用している旨主張するが、「移動」は、「図中右方に移動させて」や「図中左方に移動し」のように、「右方に」や「左方に」とともに使用されているものであるから、「移動」の語自体が軸長手方向への変位を意味するものとは認められない上、【0007】は、その記載から明らかなように従来技術について説明している箇所であるから、その中で仮に「移動」が軸長手方向への変位を意味するものとして使用されているとしても、そのことは、本件訂正前の発明の要旨にいう「スリーブを操作する」が「スリーブを回転させる」ことに限定されることの根拠となるものとは認められない。

(エ) 以上のとおり、原告の上記主張は理由がない。

(2)ア  本件訂正後の発明の要旨にいう「移動可能に取り付けられた操作スリーブ」との記載は、本件訂正前の発明の要旨にいう「操作スリーブを操作することにより」との記載を「前記周壁上に第1の位置と第2の位置との間で移動可能に取り付けられた操作スリーブ」と減縮しており、操作スリーブの機能を減縮したものと認められる。

また、本件訂正後の発明の要旨にいう「前記操作スリーブの第1制御面によって挿入孔内に押圧される前記施錠部材」との記載は、本件訂正前の発明の要旨にいう「挿入時にはアーバー側の内側に半突出状態となっており」との記載を減縮したものと認められる。

イ  前記のとおり、本件訂正前の発明の要旨にいう「スリーブを操作する」は、「スリーブを回転させる」ことを意味すると限定して解釈することはできないものであるところ、本件訂正後の発明の要旨にいう「移動可能に取り付けられた操作スリーブ」は、上記減縮に伴い、第1の位置と第2の位置との間で動くことができることを規定するにとどまり、スリーブがどの方向に可動であるかについては、本件訂正前の発明の要旨から変更しているとは認められない。

(3)  以上によれば、「操作スリーブ」に係る点についての訂正は、願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものである旨の審決の判断に誤りはない。

(4)  そして、本件訂正前の明細書の発明の詳細な説明【0017】の記載によれば、「スプリング」は、操作スリーブを付勢するものであることが認められるところ、上記のように操作スリーブに係る点についての訂正が願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてされたものである以上、スプリングについての審決の判断(審決書7頁9行ないし19行)にも誤りはない。

(5)  よって、原告主張の取消事由1は理由がない。

3  取消理由2(本件発明の進歩性についての判断の誤り)について

(1)  本件発明と甲第6号証(審判甲第1号証)刊行物との一致点、相違点の認定(審決書8頁5行ないし11頁4行)は当事者間に争いがなく、相違点についての判断のうち、審判甲第2号証刊行物についての判断(同11頁6行ないし12頁2行)及び審判甲第3号証刊行物についての判断(同12頁4行ないし7行の一部)は当事者間に争いがない。

(2)  甲第7号証(審判甲第4号証)に基づく容易想到性について検討する。

ア  甲第7号証によれば、同号証には、次のとおり記載されていることが認められる。

「可動スリーブ11の前後部内周には、前記筒状部2上の複数個の球10と対応する位置に挿入溝14が形成されている。この挿入溝14は複数個の球10が筒状部2の取付孔3内から外方へ退避するのを許容するための退避部15と、その前方に続き球10を取付孔3内へ押出すための斜状部16とからなっている。この斜状部16は、前部ほど直径が小さくなるように傾斜している。

従って、第1図(別紙3参照)の状態では挿入溝14の斜状部16によって球10は取付孔3内へ若干押出されている。第4図(別紙3参照)に示すように、可動スリーブ11がコイルスプリング13の弾性に抗して前方ヘスライドされると、挿入溝14の退避部15が球10と対応するため、これらの球10は取付孔3内から後退する。この場合、球10は寸法的には取付孔3から完全に後退可能であるが、実際には取付孔3の内側方から押圧しないかぎり、球10の内側縁は取付孔3内へ若干突出したままの状態となる。」(3欄29行ないし4欄3行)、

「第1図の状態で、球10が外方へ後退し押出し部材17がコイルスプリング19により取付孔3内において前方へ移動されたとき、第4図に示すように押出し部材17はその外周の係止段部22が球10の内側縁に係止されたところで移動が停止される。この場合、停止位置ではコイルスプリング19がほとんど伸びきっているため、押出し部材17は球10を外側方へ強く押退けて前方へ飛出るようなことはない。」(4欄19行ないし27行)、

「別の替え軸をスピンドル1に取付ける場合には、第4図に示すように可動スリーブ11を前方ヘスライドさせた状態で、替え軸の挿入軸部をスピンドル1の筒状部2へ前方から挿入する。

すると、筒状部2奥の押出し部材17は替え軸によって押され、コイルスプリング19の弾性に抗して奥に押し戻される。そして、替え軸上の回り止め凹部へ筒状部2前端の回り止め凸部8が係入されるとともに、替え軸後端の抜け止め溝が筒状部2上の球10と対応する。従って、この状態で可動スリーブ11の前方への付勢を解除すれば、同スリープ11が後方へ戻るので、その挿入溝14の斜状部16によって球10が筒状部2の取付孔3内へ押出される。そのため、球10が抜け止め溝の斜面に係止されて、替え軸がスピンドル1に固定される。」(5欄15行ないし30行)

イ  これらの記載及び第1図及び第4図(別紙3参照)によれば、甲第7号証の発明は、可動スリーブ11を前方へスライドさせた状態で替え軸の交換を行うものであり、可動スリーブ11を前方へスライドさせるための構造を有しているものである。そして、球10の役割は、押出し部材17がスプリング19により前方へ移動したときに外周の係止段部22が球10の内側縁に係止されたところで移動を停止することにあり、可動スリーブ11を前方へスライドさせた場合に完全に後退せずに球10の内側縁は取付孔3内へ若干突出したままとなるが、取付孔3の内側から押された場合には完全に後退することができ、いかなる軸径のものも装着することができるものであり、ここには施錠部材を挿入孔に半突入状態に保持することにより、不適合な替え軸の装着を阻止し、適合する替え軸のみ装着するという技術思想が開示されているとはいえない。まして、可動スリーブを前方へスライドさせない状態で挿入軸部を装着することは、甲第7号証に記載も図示もされていないものであるから、その状態を前提に、上記施錠部材を挿入孔に半突入状態に保持することにより、不適合な替え軸の装着を阻止し、適合する替え軸のみ装着するという技術思想が開示されていると認めることはできない。

ウ  また、縮径の点からも、甲第7号証に本件発明における「施錠部材通過凹部」が開示されていると認めることはできない。

すなわち、甲第7号証第1図及び第4図によれば、挿入軸部24の先端部は軸本体の大きさより多少小さな径とされているのではないかということが読み取れないわけではない。しかしながら、上記挿入軸部24の先端部の径と押出し部材17の前端部分の径の大きさ又は球10の取付孔3への突出量との関係や、その目的については、甲第7号証に何ら記載されていないから、上記第1図及び第4図のみから、甲第7号証における「縮径」が不適合な環状カッタが装着されることを防止するためのものであるとか、適合する環状カッタとして挿入軸部24の先端部を押出し部材17の前端部分の径の大きさと同じにしたものであると認めることはできないものである(なお、この点は、原告提出の甲第8号証(英国特許出願第2137122A号)を参酌しても同様である。)。

これに反する原告の主張は採用することができない。

(3)  以上によれば、甲第7号証刊行物には相違点につき本件発明の構成のようにすることを示唆する記載はない旨の審決の認定、判断(審決書12頁3行ないし6行)に誤りはなく、原告主張の取消事由2は理由がない。

4  結論

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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